【涼香】40.監禁病棟/恥ずかしいオーディション(紗良①)

小説

涼香が入院してしまったことで、田中は新たなタレントを必要としていた。視聴率を稼ぐためには新鮮な顔が不可欠だった。

だが、面倒な手間は嫌いな田中は、子分に丸投げし、オーディションの準備を一任していた。

今回は地上波ではなく、配信サイト向けの企画。素人の応募者にはギャラは一切出さず、配信からの収益は全て田中の懐に入る姑息な仕組みだった。

子分はスタジオの段取りを整え、今日はいよいよその第一歩が始まる日だった。

東京某所の某スタジオに、期待と緊張が入り混じった空気が漂う。スポットライトがスタジオを照らし始めた。

ドアが開き、一人の女が姿を現した。ピンクのビキニに包まれた身体、黒髪のロングヘアーが輝くように揺れる。彼女の名前は紗良。緊張した足取りで、スタジオの中央に立った。

子分がマイクを手に、事務的な口調で尋ねた。

「名前は?」

「紗良です」と彼女はハキハキと答えた。

「君の夢は?」子分が続けて尋ねる。

「タレントになることです!」紗良の目はキラキラと輝き、夢への情熱が伝わってきた。

子分は一瞬黙り、目を細めてから言った。「芸能界は厳しいけど大丈夫?」

「はい!今日は頑張って、ビキニを着てきました」と紗良は胸を張り、ピンクの水着をアピールするように軽くポーズを取った。

数人のスタッフが小さく笑い、スタジオに軽いざわめきが広がった。

「ではカメラに向かってポーズして」と子分が指示。

紗良はすぐに笑顔で両手を広げ、モデル風に体をひねった。

子分が手を叩き、「いいねいいね!」と褒めると、彼女の顔にほっとした表情が浮かんだ。

「では外のベランダでもカメラテストしようか」と子分が提案。

紗良は「はい」と元気よく頷き、スタジオの外へ移動した。

朝の陽光が彼女の肌を照らし、黒髪が風に揺れる姿は絵になる。

子分がカメラを構え、「いい笑顔だね」と褒めながら、「胸に手を当てて」と意外な指示を出した。

紗良は一瞬戸惑ったが、「芸能界はこれくらい…」と自分に言い聞かせ、恥ずかしそうに両手を胸元に置いた。

顔が赤らみ、スタッフから「いいよいいよ!」という声が飛び、彼女はますます縮こまった。

「ではスタジオに戻ろう」と子分が呼び、テストは室内に戻った。

だが、次の指示がさらにハードル高く感じられた。

「次はブラを引っ張ってズラして」と子分が平然と言い放つ。

紗良の目が丸くなり、

「え!?」と声を上げた。

子分はにこやかに、

「芸能界に入るためだ。頑張って」と説得する。

紗良の心は大混乱だった。人前で水着を着るのはこれが初めてで、すでに緊張と恥ずかしさでいっぱいだった。それなのに、「ここまでするなんて…」と頭の中で繰り返し、身体が熱くなるのを感じた。

だが、夢への一歩と信じて、震える手でビキニのトップに触れた。

ズラしすぎないよう慎重に、少しだけ引っ張り、わずかにずらす。

心臓がドキドキと鳴り、観客の視線が刺さるようで、

「恥ずかしい…」と内面で叫んだ。

それでも、「こうですか…」と呟き、

「これでいいですか…」と小さな声で確認した。

顔は真っ赤になり、足元がふらつくほどだった。

その時、バックステージから田中が現れ、腕を組んでコメントした。

「うーん。物足りないなー。それじゃテストにならないよ。おいスタッフ!手伝ってあげて」

冷ややかな声に、紗良の顔から血の気が引いた。

「ええ!?」と叫び、慌てて手を離すが、すでにカメラは彼女の反応を捉えていた。

田中はニヤリと笑い、子分に耳打ちする。「この子、素材としては悪くない。もっと恥ずかしがらせてみてくれ。涼香の穴を埋めるには、これくらいじゃ足りないからな」

スタジオの空気は一変し、紗良の心臓は高鳴った!

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一方その頃…

涼香の意識は深い闇の中を漂っていた。

麻酔の眠りに沈んだ後、身体が重く、頭がぼんやりとする。すべてが混ざり合い、「死にたい…」と呟いたあの瞬間がフラッシュバックする。

やがて、瞼が重く持ち上がり、視界がぼんやりと開いた。

マットレスの感触が背中に伝わり、目の前には暗い色の天井が広がっていた。

ベッドの上に横たわる自分の身体に気づき、慌てて上半身を起こす。

だが、腰の痛みは消え、代わりに奇妙な軽さを感じた。

「ここは…どこ?」と呟き、辺りを見回す。

薄暗い部屋、小さな窓がはまった壁、消毒液の匂いが漂う空気。病院のようだが、どこか異様な雰囲気が漂っていた。

その時、視線の端に人影が映った。

近くに男が立っている。白衣を着た体型に、独特な表情の顔。

涼香の心臓が跳ね上がり、反射的に叫んだ。

「いやああ!あんた誰?ゾンビ!?」

声が部屋に響き、恐怖で身体が震える。

男がゆっくりと振り返り、冷ややかな目で彼女を見据える。

「俺はゾンビじゃない。失礼な奴だな」と低い声が返ってきた。

男は鼻を鳴らし、片手をポケットに突っ込む。

涼香は息を呑み、警戒しながら尋ねた。

「…看護師?」

男は一瞬黙り、口元に薄い笑みを浮かべて答えた。

「看護師じゃない。監護士だ。この監禁病棟を護っている」

その言葉に、涼香の胸が締め付けられる。

監禁病棟――警察に麻酔銃で撃たれ、運ばれた先がここだと気づいた瞬間、恐怖が全身を支配した。

監護士はさらに続けた。

「お前は精神病と暴行罪でここに移送された。しばらくは外に出られない」

冷たく淡々とした口調に、涼香の頭が混乱する。

「そんな…!何!?精神病!?暴行罪!?」と叫び、ベッドから飛び起きようとしたが、身体が思うように動かない。

手首に冷たい金属の感触――手錠がかけられていることに気づき、絶望が広がった。

「嘘…こんなの…」と呟き、涙がこぼれそうになる。

「スマホは!?」とすがるように尋ねた。

ファンの声、応援のコメント――それが彼女を支える最後の希望だった。

だが、監護士は無表情で首を振った。

「お前の精神が安定したと判断されるまでは無理だ。今は諦めろ」

その言葉が、涼香の心に重く突き刺さった。

「そんな…スマホが…」と声が途切れ、言葉にならない感情が喉を詰まらせる。

スマホがないという現実は、彼女を孤立させ、絶望の淵に突き落とした。

部屋を見回すと、小さな窓から差し込む薄い光が、監禁の現実を強調していた。涼香の心は崩れそうだった。

監護士が一歩近づき、彼女の肩に手を置く。

「落ち着け。暴れればもっと辛くなるだけだ」と言い、冷たい視線を向ける。

その手は、かつての昭和病棟での不適切な触診を思い出させ、涼香の身体が硬直した。

「触らないで…!」と叫び、反射的に手を振り払おうとするが、手錠に阻まれ、力なくベッドに沈む。

頭の中では、「だまされているぞ」というファンの声がこだまする。警察の「上級国民に対する正当防衛など、無い」という言葉が蘇り、社会の不条理が彼女を圧倒する。

「なぜ…私がこんな目に…」と呟き、目を閉じる。だが、その暗闇の中で、希望は見えず、ただ孤独が広がるばかりだった。涙が頬を伝い、嗚咽が漏れる。ベッドの上で膝を抱え、涼香は静かに泣き続けた。監禁病棟の冷たい壁に囲まれ、彼女は絶望の底で一人取り残されていた。

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