3.ケケケケケ

小説

涼香は数日間、配信する気力すら湧かず、自宅でうずくまっていた。

カーテンを閉め切った部屋は薄暗く、彼女のスマホだけが絶え間なく通知音を鳴らしていた。

SNSを開くたびに、路地裏での恥ずかしいシーンを切り取ったスクショや動画、さらには「おしっこ涼香w」「尻出し聖水配信最高!」といった心ない書き込みが目に入る。

DMには、冷やかしや下品なメッセージが山のように届き、時折届く励ましの言葉すら埋もれてしまう。

「もう…見ない方がいいのに…」と呟きながら、涼香はスクロールを止められなかった。

涙が頬を伝う。

彼女の夢は、テレビ出演も果たし、いつかはCM女王として輝くことだった。

かつて配信で語ったその目標を、視聴者も「涼香ちゃんなら絶対いける!」と応援してくれた。

なのに、今やSNSは彼女を嘲笑う声で溢れ、唯一契約していた旅サイトの広告案件からも「ブランドイメージに合わない」との理由で契約解除の連絡が届いた。

「これから…どうすればいいの…?」と嗚咽が漏れ、涼香は膝を抱えて泣き崩れた。

そんなある夜、スマホに一通のDMが届いた。

送信者は「田中平蔵」と名乗る公式アカウント。

プロフィールには「スカウトマン」と書かれている。

メッセージにはこうあった。

「涼香さん、はじめまして。君の配信を以前から見ていました。あの事件は残念だったけど、君にはまだ広告案件で輝く才能が眠っている。それを引き出すのは、成功を数多く支援してきた私でなければできない。力を貸したい。どうだろう?」

涼香は目を疑った。こんなタイミングで、なぜ?

疑念が頭をよぎるが、田中のDMには過去の成功事例や有名人とのツーショット写真が並び、信頼できそうな雰囲気がある。

すべてを失った気分の涼香にとって、これは藁にもすがりたい一筋の光だった。

「もう…一人じゃどうにもならない…」

と呟き、震える指で返信を打った。

「田中さん、ありがとうございます。力を借りたいです。どうかよろしくお願いします。」

一方、マンションの高層階。

田中平蔵はリビングでブランデーグラスを傾け、スマホを手にニヤリと笑っていた。

彼は、脂ぎった顔に薄い笑みを浮かべ、涼香からの返信を読みながら

「契約成立だね、ケケケケケ」

と独りで不気味に笑った。背後には夜景が広がり、テーブルの上には高級な酒瓶と書類が散乱している。

田中はこれまで、落ち目の人間を「支援」と称して中抜き、食い物にしてきた男だ。

涼香の絶望を知ってか知らずか、彼の目には新たな「獲物」を手に入れた満足感が光っていた。

涼香はまだ知らない。

田中の「支援」がどんな代償を伴うのか、そして彼女の配信人生が再び動き出す先に、どんな試練が待ち受けているのかを。

泣き腫らした目でスマホを握りしめ、彼女は一縷の希望にすがるように、田中とのやり取りを続けた。

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