スタジオの空気は、紗良の退出後の静寂に包まれていた。
配信サイトでの金を稼ぐため、そして新たなターゲットを見つけるため、
田中の姑息なオーディション企画は新たな局面を迎えていた。
涼香不在の穴埋めのため、田中は新たなタレントで視聴者を引きつけようと目論んでいた。
スポットライトが再びスタジオを照らし始めた。
田中が腕を組み、子分に鋭い視線を向けた。
「よし次を呼べ」と低く命令する。
子分の次郎が慌てて控室へ走り、ドアを開けた。すると、明るい声が響き渡った。
「オー!コンニチワ!」

登場したのは、白人女性だった。
金髪にカウボーイハット、緑のビキニと自信に満ちた笑顔が印象的。
彼女は堂々とした態度でスタジオの中央に立った。
子分が戸惑いながら尋ねた。
「名前は?」

「ギガ・ヴィジョン デース!」
と彼女は大きな声で答えた。
アクセントが少しおかしな日本語に、スタジオが一瞬ざわついた。
次郎が質問を続けた。
「どこから来たの?」
ギガは胸を張り、大きな声で
「USA!USA!」と連呼。

カウボーイハットを軽く叩き、得意げにステップを踏むパフォーマンスまで加えた。
スタッフから笑いが噴出し、配信コメント欄が一気に
「USA!USA!」
と埋め尽くされた。
アメリカ人視聴者が「USA!USA!」と叫び、
一部日本人も便乗して「USA!USA!」を連呼。

コメントの洪水が画面を埋め、オーディション配信の空気が完全にギガに支配された。
スタッフが戸惑い、カメラマンまで笑いを堪えきれずレンズが揺れる中、異様な熱気が広がった。
オーディション配信の空気が完全にギガに支配され、スタッフが戸惑う中、
田中はイラっとした表情で次郎を睨んだ。
「何がUSAだ・・・おい、はやく始めさせろ!」
と声を荒げ、次郎の肩を叩いてあたった。
次郎は「す、すみません!」と縮こまり、慌てて次の指示を準備した。
しかしその瞬間、ギガは持参したクラッカーを勢いよく鳴らした。

一気に紙吹雪が舞い上がり、スタジオがカラフルなカオスに包まれた。
「It’s party time!」
(パーティーの時間だよ!)

と彼女は英語で宣言し、紙吹雪の中で軽快に踊り始めた。
田中は目を丸くして立ち上がり
「パーティータイムじゃねーよ!!オーディションだよ!」と怒鳴り
次郎に
「おい次郎!ちゃんと仕切れよお前は!」
と鋭く指示した。
次郎は
「はい!すいません!」
と慌ててギガに話しかけようとしたが
その刹那、ギガが水鉄砲を取り出し、次郎を狙って撃った。
「HAHAHA!!ブッカケ!!」

次郎「ぎゃあああああああああああ!!」
田中「この女・・やばい予感がする・・・」
————————–
涼香はベッドに凭れかかり、監禁病棟の薄暗い部屋で新たな本を開いた。
小さな窓から差し込む仄かな光が、彼女の疲れた表情を照らし出していた。
膝に抱えた「農政トライアングル」を手に取り、ページをめくる手がわずかに震えた。
これまでの読書で中抜きの実態や芸能界の裏側を知った彼女だが、
この本はまた新たな現実を突きつける。
読み進めるうち、涼香の目が次第に大きくなった。
「私、何も理解していなかった…」
と呟き、愕然とする。

——農水省、農業団体、農林族議員。
この三角形が、長年にわたって密接に結びつき、金と票と制度を回し合っている。
その中心にあるのは、“国民のため”“農家のため”という建前。
でも、その建前の裏で、利益は上に、負担は現場と消費者に押しつけられている。

涼香の目の奥が熱くなった。
「……これって、あのドキュメンタリー……」
思い出すのは、農村ロケ。
優しそうな老婆に導かれ、稲穂を撫で、汗をぬぐい、服を脱ぎコメ風呂に入り奮闘した自分。
番組は「涙ながらに農家の尊さを伝える人気配信者」として編集された。
——でも、今になってわかる。

あれは真実を伝えるドキュメンタリーではない。
農業団体とテレビ局とが結託したプロパガンダだ。
老婆の話を聴き、信じきってしまっていた。
でも、あの人が悪いわけじゃない。
きっと、あの人自身も、長年そう信じ込まされていたんだ。
涼香は、ただ感情に流された。
何も知らずに、泣いて、語って、感じて、失神して・・彼らの思惑通りに拡散した。
「あたし……あの番組で、あの人たちの言葉を、自分の言葉みたいに喋ってた……」
「私、何も……理解してなかった……」
独り言のように漏れた言葉は、喉の奥で震えていた。
芸能界だけでなく、食卓に届くごはんさえも癒着や利権の犠牲となってしまったのか。
無知だった自分が情けなく、涙がこぼれそうになった。それだけではない。
ファンの声が頭をよぎる。
「騙されているぞ」
「目を覚ませ」
というコメントの意味が、繋がり始めた。
そのコメントは、私が芸能界に搾取されていることだけを意味しているのではない。
いつの間にか私からプロパガンダを発するようにコントロールされていた・・・

国民全体もこの農政トライアングルの犠牲者になるのではないか。
涼香の胸に、怒りと悲しみが渦巻く。


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